役員は雇用保険に入れない — 社長に失業保険がない前提で、辞めたとき・働けないときにどう備えるか
「会社員のころは失業保険があったけれど、社長になったらどうなるのか」— 会社を作った方、これから役員になる方に向けて、役員と雇用保険の関係と、失業保険がない前提での備え方を整理します。
この記事の要点
- 雇用保険の被保険者は「雇用される労働者」で、会社と委任の関係にある役員は原則として入れない。代表取締役は例外なく対象外で、合同会社の社員も同じ扱い
- 例外は、部長など従業員の身分を併せ持ち、労働者としての性格が強い「兼務役員」だけ。雇用の実態を確認できる書類をハローワークに出して認められた人に限る
- 社長の備えは、雇用保険の代わりを1つ探すのではなく、辞めたとき(小規模企業共済・役員退職金)と働けないとき(傷病手当金・労災の特別加入)に分けて用意する
まず結論 — 役員は「労働者」ではないので原則として雇用保険の外。例外は部長などを兼ねる取締役だけ
雇用保険の被保険者は、適用事業に雇用される労働者です(雇用保険法4条1項)。株式会社と役員の関係は委任の規定に従うので(会社法330条)、取締役は会社に雇われている人ではありません。厚生労働省の業務取扱要領(20351)も、株式会社の取締役は原則として被保険者としない、代表取締役は被保険者とならない、合名・合資・合同会社の社員は取締役と同様に扱う、としています。
失業とは、被保険者が離職して、働く意思と能力があるのに職業に就けない状態をいいます(雇用保険法4条3項)。被保険者でない社長は、会社をたたんでも「失業」にならず、基本手当(いわゆる失業保険)は出ません。
| 立場 | 雇用保険 | 補足 |
|---|---|---|
| 代表取締役 | 入れない | 兼務役員にもなれない |
| 取締役(代表権なし) | 原則入れない | 部長などを兼ねる兼務役員だけ例外 |
| 監査役 | 入れない | 従業員との兼任が会社法で禁止されている(名目だけの監査役を除く) |
| 合同会社・合名会社・合資会社の社員 | 原則入れない | 株式会社の取締役と同じ扱い |
| 従業員(役員でない人) | 原則入る | 週20時間以上・31日以上の雇用見込みが条件。季節的に一定期間だけ雇う人で週の所定労働時間が30時間未満の人など、入らない場合もある。個人事業と同様の会社では、社長と同居の親族は原則入れない |
表の従業員の行にも例外があります。実質的に代表者の個人事業と同様と認められる会社では、代表者と同居している親族は、従業員として雇っても原則として雇用保険に加入できません。事業主の指揮命令に従って働いていることが明確で、就業の実態と賃金がほかの従業員と同様であり、取締役などの地位にない、という条件を全て満たせば加入できます。
従業員を1人も雇っていない会社には、雇用保険の適用事業そのものがありません(雇用保険法5条1項)。従業員を雇えば会社は適用事業になりますが、被保険者になるのはその従業員だけで、社長の立場は変わりません。ご自身の立場が上の表のどの行に当たるかを、先に確かめておきましょう。
例外は「兼務役員」 — 部長を兼ねる取締役だけ、代表取締役は不可
原則として、株式会社の取締役・合同会社の社員は雇用保険の被保険者になりません。ただし、役員と同時に部長・支店長・工場長などの従業員としての身分を持ち、服務の態様・賃金・報酬などから見て労働者的な性格が強く、雇用関係があると認められる場合に限り、雇用保険に加入できます。代表取締役は、従業員の身分を併せ持っていても被保険者になりません。
兼務役員と認められるかは、肩書ではなく実態で決まります。就業規則が適用され、出勤簿で管理され、役員報酬とは別に従業員としての賃金が払われているか、といった点をハローワークが確認します。
兼務役員として雇用保険を続けるとき
実態をそろえる
従業員としての職務・賃金・勤怠管理を、役員としての報酬と分けて記録する
証明書と確認資料を出す
雇用の実態を記した事業主の証明書(ハローワークの様式「兼務役員雇用実態証明書」)に、登記事項証明書・定款・議事録・就業規則・賃金規定・出勤簿などを添えて、資格取得届と一緒にハローワークへ。すでに被保険者なら就任後すみやかに
賃金の範囲に注意する
認められても、雇用保険の賃金に入るのは従業員としての賃金だけ。役員報酬は給付の計算にも入らない
従業員から社長になった人 — 以前の被保険者期間は、受給期間1年で消える
会社員だったころの被保険者期間があっても、基本手当を受けられるのは離職の日の翌日から1年の受給期間の中だけです(雇用保険法20条1項)。社長として働いている間は職業に就いているので基本手当の対象にならず、受給期間が過ぎれば、以前の期間は使えなくなります。会社をたたむころには、とうに過ぎていることがほとんどです。
会社員を辞めて会社を作る人の受給期間の特例
- 離職の日の翌日本来の受給期間(1年)の始まり
- 事業を開始した日会社の設立・開業・事業に専念し始めた日
- 開始の翌日から2か月以内受給期間延長等申請書をハローワークへ
例外が1つあります。離職後に事業を始めた人が、開始した日の翌日から2か月以内にハローワークへ申請すると、事業を行っている期間を最長3年間、受給期間に算入しない特例があります(雇用保険法20条の2・雇用保険法施行規則31条の6)。離職の日以前に事業を始め、離職後にその事業に専念する人も対象です(雇用保険法施行規則31条の5)。
原則
特例の申請は、事業を開始した日(離職前に始めた人は専念し始めた日)の翌日から2か月以内に行います。
雇用保険法施行規則31条の6
ただし
天災などやむを得ない理由で申請できなかったときは、その理由を証明する書類を添えて、理由がやんだ日の翌日から7日以内に申請できます。
雇用保険法施行規則31条の6・31条4項・5項
実施期間が30日未満の事業は対象になりません(雇用保険法20条の2)。始めてから30日を経過する日が受給期間の末日より後になる事業、その事業について再就職手当を受けた事業、その事業で自立できないとハローワークが認めた事業も除かれます(雇用保険法施行規則31条の4)。
令和4年7月1日から始まった仕組みで、会社を設立してうまくいかずに閉じた場合でも、その後の再就職活動で前の会社の分の基本手当を受けられます。会社員を辞めてすぐ起業する方は、設立の登記を入れたら、申請の期限を手帳に書いてみてください。
個人事業主から法人化した方は、話が別です。個人事業主は事業を営む側で、適用事業に「雇用される労働者」ではないため、もともと雇用保険の被保険者ではなく(雇用保険法4条1項)、法人化して役員になっても失う給付はありません。法人化で「雇用保険に入れなくなった」と感じる方がいますが、もともと入っていなかったのです。
備え① 辞めたときの資金 — 小規模企業共済と役員退職金
失業保険がない社長の「辞めたときの資金」は、小規模企業共済と役員退職金の2つの柱で用意します。
| 備え | 何に備えるか | 役員の扱い |
|---|---|---|
| 小規模企業共済 | 退任・会社をたたんだあとの生活資金 | 従業員20人以下(卸売・小売業と、宿泊業・娯楽業を除くサービス業は5人以下)の会社の役員が加入できる |
| 役員退職金 | 退任時のまとまった資金 | 会社の利益から積み立てて支給する。退職所得として税負担が軽い |
| 健康保険の傷病手当金 | 病気・けがで働けない期間の収入 | 役員も健康保険の被保険者なので対象。報酬が出ている期間は原則支給されず、報酬が手当金より少なければ差額が出る |
| 労災保険の特別加入 | 仕事中のけが・病気 | 役員は原則として労災の対象外。従業員を雇う中小事業主なら、代表者と役員が特別加入できる |
小規模企業共済は、従業員20人以下(卸売・小売業と、宿泊業・娯楽業を除くサービス業は5人以下)の会社の役員が加入できます(小規模企業共済法2条1項5号・6号・7号)。部長などを兼ねる兼務役員(使用人兼務役員)は加入できないので、雇用保険を残す人は共済の方が使えません。掛金は全額が所得控除になり(所得税法75条)、退任時に一括で受け取る共済金は退職所得として課税されます(所得税法31条・所得税法施行令72条3項3号)。
ただし受け取れる額は請求の理由で変わり、会社が解散したときは共済金A、病気・けが又は65歳以上での退任は共済金B、病気・けが以外の理由で65歳未満で退任すると準共済金で、区分ごとに額が異なります。会社をたたむときは、解散の前に退任するか、解散まで役員を続けるかで区分が変わるので、順番を確かめておきましょう。
役員退職金は、会社が退任する役員に支給する退職給与です。受け取る側は退職所得になり、退職所得控除を引いた残りの2分の1に課税されるので税負担が軽くなります(所得税法30条2項)。ただし役員としての勤続年数が5年以下の人が受ける退職金は、2分の1にする計算がありません(所得税法30条2項・5項)。
会社側は、業務に従事した期間・退職の事情・同業同規模の会社の支給状況に照らして相当と認められる額までが損金で、それを超える不相当に高額な部分は損金になりません(法人税法34条2項・法人税法施行令70条2号)。
備え② 働けないときの収入 — 傷病手当金と労災の特別加入
失業よりも現実に起きやすいのは、病気やけがで働けなくなることです。法人から労務の対償として報酬を受けている役員は、健康保険の被保険者です(健康保険法3条1項・昭和24年保発第74号)。
被保険者が療養のため働けなくなった日から3日を経過した日から、標準報酬月額の平均の30分の1の3分の2の額の傷病手当金が、通算1年6か月を限度に支給されます(健康保険法99条)。ただし報酬を受けられる期間は支給されず、報酬が手当金より少ないときはその差額だけです(健康保険法108条1項)。役員報酬を払い続ければ出ないので、休む期間の報酬の扱いを決めておくことが備えになります。報酬を減らすときは、病気で職務に就けなくなったことが定期同額給与の臨時改定事由(法人税法施行令69条1項1号ロ)に当たるかを、休む前に確かめておきましょう。
仕事中のけがについては、役員は原則として労働者ではないので、労災保険の給付を受けられません。役員としての業務が原因のけが・病気には健康保険の給付も原則として行われないため、何も手を打たなければ備えの空白になります。ただし、部長・工場長などを兼ね、業務執行権を持たずに指揮監督を受けて働き、一般の労働者と同様の賃金を受けている取締役は労働者として労災保険が適用されるので、当てはまるかを確かめておきましょう。
原則
役員としての業務に起因する病気・けが・死亡については、健康保険の給付は行われません。
健康保険法53条の2
ただし
被保険者が5人未満の会社の役員は、その会社の従業員が行う業務と同じと認められる業務でのけが・病気なら、健康保険の給付を受けられます。
健康保険法53条の2・健康保険法施行規則52条の2
従業員を使う中小事業主が労働保険事務組合に事務を委託する場合、代表者とその事業に従事する役員は、政府の承認を受けて労災保険に特別加入できます。
労働者災害補償保険法33条1号・2号・34条
従業員を1人も雇っていない会社は、労働者を使用する事業ではないので、この特別加入は使えません(労働者災害補償保険法3条1項・33条1号)。ただし、労働者を使わずに厚生労働省令で定める種類の事業を行うことを常態とする人や、厚生労働省令で定める種類の作業に従事する人には、別の区分の特別加入があります(労働者災害補償保険法33条3号・5号)。現場に出る社長や、従業員と同じ作業をする役員は、従業員を雇った時点で加入を検討し、従業員がいない間も、ご自身の事業や作業がこの区分に当たるかを確かめてみてください。
まとめ — 「失業保険の代わり」を探すより、辞める日と働けない日に分けて備える
社長に失業保険はありません。その代わり、辞める日のためには小規模企業共済と役員退職金を、働けない日のためには傷病手当金と労災の特別加入を、それぞれ用意しておきましょう。
小規模企業共済の掛金と受取額の目安は、このサイトの小規模企業共済シミュレーションで確かめてみてください。役員報酬と退職金の設計は、弊所で一緒に整理しています。
出典
- 厚生労働省 雇用保険制度 Q&A 事業主の皆様へ(Q4 取締役や会社の役員は雇用保険に加入できるのでしょうか)
- 厚生労働省 雇用保険に関する業務取扱要領(令和8年8月1日以降) 適用関係 20351(被保険者の範囲に関する具体例)
- 厚生労働省 離職後に事業を開始等した方は雇用保険受給期間の特例を申請できます
- 協会けんぽ 傷病手当金
- 厚生労働省 法人の代表者又は業務執行者の被保険者資格について(昭和24年7月28日保発第74号)
- 厚生労働省 特別加入制度のしおり(中小事業主等用) 特別加入者の範囲
- 中小機構 小規模企業共済 加入資格
- 中小機構 役員退任時にいくら受け取れる? 小規模企業共済の共済金
- e-Gov法令検索 雇用保険法4条(定義)・5条(適用事業)・7条(被保険者に関する届出)・20条(支給の期間及び日数)・20条の2(支給の期間の特例)
- e-Gov法令検索 雇用保険法施行規則31条の4(法第二十条の二の厚生労働省令で定める事業)・31条の5(法第二十条の二の厚生労働省令で定める者)・31条の6(支給の期間の特例の申出)
- e-Gov法令検索 会社法330条(株式会社と役員等との関係)・335条(監査役の資格等)
- e-Gov法令検索 健康保険法3条(定義)・53条の2(法人の役員である被保険者又はその被扶養者に係る保険給付の特例)・99条(傷病手当金)・108条(報酬との調整)
- e-Gov法令検索 健康保険法施行規則52条の2(法第五十三条の二の厚生労働省令で定める業務)
- e-Gov法令検索 労働者災害補償保険法3条(適用事業)・33条・34条(特別加入)
- e-Gov法令検索 小規模企業共済法2条(定義)
- e-Gov法令検索 所得税法30条(退職所得)・31条(退職手当等とみなす一時金)・75条(小規模企業共済等掛金控除)
- e-Gov法令検索 所得税法施行令72条(退職手当等とみなす一時金)
- e-Gov法令検索 法人税法34条(役員給与の損金不算入)
- e-Gov法令検索 法人税法施行令69条(定期同額給与の範囲等)・70条(過大な役員給与の額)
※本記事は令和8年10月時点の法令と厚生労働省・協会けんぽ・中小機構の公表資料によるものです。兼務役員に当たるかの判断は、実態を見てハローワークが行います。
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