社長のスーツ・時計・かばんは会社の経費になるか — 会社が払うと役員への給与になる仕組みと、業務専用の衣装との境目
「仕事でしか着ないスーツなのに、会社の経費にはできないのか」— ひとり社長・家族経営の会社の社長の方は、身に着ける物を会社が負担すると何が起きるのか、会社の費用と説明できる形との境目を、条文・通達と審判所の判断で確かめておきましょう。
この記事の要点
- 社長個人が負担すべき物を会社が払うと、会社の経費ではなく役員への給与(経済的な利益)になる。単発の購入は定期同額給与に入らないので損金にならず、本人には給与として所得税がかかり、会社には源泉徴収の義務が生じる(法人税法34条1項・4項・法人税法施行令69条1項2号・所得税法36条1項・183条1項)
- 日常でも着られるスーツ・時計・かばんは、買っただけでは仕事用と私用を区分できず、会社の費用と説明するのが難しい。余地があるのは、会社が持ち、業務専用で使い、使った日を記録で追える衣装に限られる
- 着ること自体が宣伝になる、社長にふさわしい物だという説明は通らず、領収書の宛名や品目を変えて会社の費用に見せると重加算税と更正できる期間の延長を招く(国税通則法68条1項・70条5項)
会社が払うと何が起きるか — 「経費にならない」で終わらず、社長への給与になる
法人の損金になるのは、販売費・一般管理費など、会社の事業の費用です(法人税法22条3項)。社長が個人として負担すべき物を会社が払った場合、その額は会社の費用ではなく、役員への「経済的な利益」の供与として役員給与に数えられます(法人税法34条4項・法人税基本通達9-2-9)。通達は経済的な利益の例として、役員に物品を贈与した場合のその物の価額と、役員のために個人的な費用を負担した場合のその費用の額を挙げています(法人税基本通達9-2-9)。
役員給与のうち損金になるのは、原則として定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与のどれかに当たるものだけです(法人税法34条1項)。経済的な利益で定期同額給与に入るのは、継続的に供与され、その額が毎月おおむね一定のものに限られます(法人税法施行令69条1項2号・法人税基本通達9-2-11)。スーツや時計をそのとき限りで買う支出は毎月一定ではないので、給与とされた時点で損金にはなりません。
会社側だけの話では終わりません。社長の側では、会社が負担した額が給与所得の収入金額になります(所得税法36条1項・所得税基本通達36-15)。会社はその支払の際に源泉徴収をして、翌月10日までに納める義務を負います(所得税法183条1項)。
| 税目 | 起きること | 根拠 |
|---|---|---|
| 法人税 | 役員給与(経済的な利益)とされ、毎月一定の額ではないので損金にならない | 法人税法34条1項・4項・法人税法施行令69条1項2号 |
| 社長の所得税 | 会社が負担した額が給与の収入金額になる | 所得税法36条1項・所得税基本通達36-15 |
| 源泉所得税 | 会社に源泉徴収と、翌月10日までの納付の義務が生じる | 所得税法183条1項 |
会社の費用か、社長が個人的に負担すべき物かは、会社がどう考えていたかではなく、活動の内容や支出の趣旨・目的を総合して、社会通念に照らして客観的に判断されます(国税不服審判所 平成27年7月28日裁決・裁決事例集No.100)。
この裁決は、会社の代表者が青年会議所の会議等に出席するための旅費などを、会社が負担した事案です。その出席が取引先の確保につながったとしても、それは活動に付随する副次的な効果にすぎないとされました(国税不服審判所 平成27年7月28日裁決・裁決事例集No.100)。
境目はどこか — 「仕事でしか着ない」では足りず、物の種類と置き場所で分かれる
出発点は所得税の側にあります。法人が役員に与えた経済的な利益が、所得税法上課税されないものであり、会社が給与として経理しなかったときは、法人税でも給与として扱いません(法人税基本通達9-2-10)。つまり、所得税で課税されない形になっているかが先で、科目は結論を左右しないと考えています。
原則
役員が個人的に負担すべき費用を会社が負担した額は、役員への給与(経済的な利益)になります。
法人税法34条4項・法人税基本通達9-2-9
ただし
所得税法上課税されない経済的な利益で、会社が給与として経理しなかったものは、法人税でも給与として扱いません。
法人税基本通達9-2-10
職務の性質上制服を着用すべき者が使用者から受ける制服その他の身回品の支給・貸与は、所得税が非課税です。
所得税法9条1項6号・所得税法施行令21条2号・3号
専ら勤務場所のみで着用する事務服・作業服等も、制服に準じて扱って差し支えないとされています。
所得税基本通達9-8
非課税になるのは、職務の性質上制服を着用すべき者がその使用者から支給・貸与される制服その他の身回品です(所得税法9条1項6号・所得税法施行令21条2号・3号)。私服としても着用できる背広は、制服として支給して職務で現に着ていても、国税庁はこの制服等に当たらず給与として源泉徴収が要るとしています。非課税になる事務服等の条件は2つで、専ら勤務する場所で通常の職務を行う上で着用し私用には着用しない(できない)ことと、職場の全員か一定の仕事に従事する者の全員を対象に支給・貸与することです。
一方、店の衣裳の事案では、その事業所でしか使えないデザイン・色調の物や、事業所以外でも使えるが事業所に常備してそこだけで使う物は、制服に準ずる事務服等の扱いに準じて強いて課税しなくて差し支えない、と国税庁は答えています。その元になっているのは、専ら勤務場所のみで着用する事務服・作業服等を制服に準じて扱う定めです(所得税基本通達9-8)。並べて読むと、分かれ目は衣類の種類そのものではなく、置き場所と使う場面が限られているかどうかだと考えています。ご自身の会社の物は、どちらの側にあるでしょうか。
法人の側から衣類を直接扱った審判所の判断もあります。衣服、靴、眼鏡などの身の回り品は、業務専用の特別な仕様がなく通常の生活に使う物なら、役員の個人的な必要に基づく購入と見る、という要旨です(国税不服審判所 平成15年4月24日裁決・関東信越支部・裁決番号 平140096・要旨のみ)。例外は、その購入が業務の遂行上真に必要だと証拠上明らかな場合に限られ、会社がそうした個人的な費用を負担すれば、役員への経済的な利益として臨時の給与(賞与)になります(法人税法34条4項・法人税基本通達9-2-9)。関門は2つ、業務専用の特別な仕様があるか、無ければ業務に真に必要だと証拠で示せるかだと見ています。
| 物と使い方 | 見立て |
|---|---|
| 事務所に置き、自社の撮影・収録のときだけ着る衣装 | 事業所に常備してそこだけで使う形に近く、会社の費用として説明できる余地が最も大きいと考えています |
| 登壇や外部の撮影のために持ち出す衣装 | 上より一段弱く、持ち出しと返却、催しとの対応を記録で示す必要があると考えています |
| 会社のロゴや色で作り、私用しにくい仕様にした上着 | 業務専用の特別な仕様という方向で、制服に近づくと考えています。日常の仕事で着るジャケットは通常これに当たらないと見ています |
| 日常の商談・移動で着るスーツ、時計、かばん | 会社の費用にすると給与とされる筋が強いので、個人で買うことをお勧めします |
どの区分でも、市販の衣類である以上「否認されない」区分ではなく、「説明の材料がそろう」区分にとどまると考えています。登壇や撮影が年に数回しかない会社なら、買わずに借りる(レンタルする)ほうが争いが残らないと考えています。まずは手元の物を、この表の4つの行に当てはめてみてください。
通らない説明と、通る形に要る記録
審判所の要旨で退けられた説明を並べると、通らない理由の型が見えてきます。
- 「身に着けること自体が宣伝」— 代表者が高額な腕時計、衣服、靴、装身具を営業活動で身に着けることを広告宣伝費と主張した事案があります。審判所は、その物自体から会社の事業や商品の優位性は分からず、不特定多数への宣伝の効果を意図した支出とは客観的にいえないとして、広告宣伝費に当たらないとしました(国税不服審判所 令和7年3月7日裁決・名古屋支部・裁決番号 令060040・要旨のみ)
- 「社長にふさわしい物」— 理事長として相当な腕時計だという主張に対し、高額な腕時計が一般の業務の遂行上必要なものとは考えられないとして、役員への給与とされました(国税不服審判所 平成25年11月22日裁決・東京支部・裁決番号 平250065・要旨のみ)
- 「受注が増えた」— 事業に役立つ効果があっても、副次的な効果なら会社の費用にはなりません(国税不服審判所 平成27年7月28日裁決・裁決事例集No.100)
- 「あとで会社に返す」— 役員の私事に属する費用を会社が払えば特段の事情のない限り給与で、その事情は支払に至った経緯で判断され、支払後に返済を決議しても判断の基礎になりません(国税不服審判所 平成17年3月25日裁決・名古屋支部・裁決番号 平160084・要旨のみ)
会社の衣装として持つなら、買う前から記録を組み立てておきましょう。審判所で見られているのは、買ったあとの説明ではなく、買う前に用途が決まっていたことと、そのとおりに使った跡だと考えています。
会社の衣装にするなら
買う前に決める
撮影・登壇など用途と年間の予算を書面で決めておきましょう。買ったあとに用途を考える順番にしない
会社名義で買い、品目どおりに記帳する
法人の口座やカードで払い、領収書と帳簿の品目を実際のままにしましょう
台帳に載せ、会社の置き場所に置く
品目・購入日・金額・用途を台帳に書き、私服と分けて事務所に置きましょう。自宅兼事務所なら私服と別の収納にまとめます
使った日を残す
撮影や登壇の日付・案件名・どの衣装かをその場で記録し、持ち出しと返却も書きましょう
引き取るなら時価で
社長が後で引き取るときは、その時の価額で譲り受けます。無償や低い価額なら差額がその時点の給与になります(法人税基本通達9-2-9)
日常のスーツ代はどこで引かれているか — 役員報酬と給与所得控除で考える
日常の商談や移動で着るスーツは、会社の費用にする代わりに社長個人が買い、その分を役員報酬の水準に織り込む形をお勧めします。役員報酬にも給与所得控除があり、収入に応じて決まる額が概算で差し引かれます(所得税法28条2項・3項)。給与をもらう人の被服費はこの概算の控除の中で賄う組み立てになっていて、会社が買って渡す形を広く認めると二重になると考えています。
ただし、報酬への上乗せは期の途中に思い立って行う形にはしません。役員報酬が損金になるのは、各支給時期の支給額が同額の定期同額給与に当たるときで、その額の改定は原則として事業年度開始の日から3か月以内に行ったものに限られます(法人税法34条1項1号・法人税法施行令69条1項1号)。期の途中で上乗せすると定期同額給与の要件を外れるおそれがあるので、スーツ代の分は次の改定の時期に、年間の見込みとして月額に織り込みましょう。
勤務場所で着用が必要な衣服の購入費は、給与の支払者の証明があれば特定支出になり、図書費や交際費と合わせて65万円までで、特定支出の合計が給与所得控除額の2分の1を超える部分だけを差し引けます(所得税法57条の2第1項・2項7号)。ひとり社長の会社では証明する人も自分なので、形としてはあっても使う場面は限られると考えています。
Q. 従業員のスーツなら会社の費用になりますか
非課税の制服等は、職務の性質上制服を着用すべき者が使用者から支給される制服その他の身回品に限られます(所得税法9条1項6号・所得税法施行令21条2号)。私服としても着られる背広を従業員に支給した場合は、国税庁はこの制服等に当たらず、従業員の給与として源泉徴収が要るとしています。役員と違うのは会社の側で、従業員への給与は会社の費用として損金になります(法人税法22条3項)。
Q. 眼鏡や靴、名刺入れなどの小物はどうですか
審判所の要旨は、衣服、靴、眼鏡、寝具、化粧品、卓上用品を並べて同じ物差しで見ています(国税不服審判所 平成15年4月24日裁決・関東信越支部・裁決番号 平140096・要旨のみ)。通常の生活に使う物は、業務専用の特別な仕様か、業務に真に必要だという証拠が無ければ、役員の個人的な購入として扱われます(同裁決の要旨)。会社が負担すれば役員への経済的な利益として給与になるので、金額の大小ではなく、私用できるかどうかで見ておきましょう(法人税法34条4項・法人税基本通達9-2-9)。
会社の衣装にするか迷う物があれば、買う前に用途と置き場所をご相談ください。買ったあとに振り替えるより、買う前に決めるほうがずっと軽く済むと考えています。
出典
- e-Gov法令検索「法人税法」22条・34条(役員給与の損金不算入。4項の経済的な利益)
- e-Gov法令検索「法人税法施行令」69条1項2号(定期同額給与に入る経済的な利益)
- 国税庁 法人税基本通達9-2-9〜9-2-11(経済的な利益の例・給与としない経済的な利益・継続的に供与される経済的利益)
- e-Gov法令検索「所得税法」9条1項6号・28条・36条・57条の2・183条
- e-Gov法令検索「所得税法施行令」21条(非課税とされる職務上必要な給付)
- 国税庁 所得税基本通達9-8(制服に準ずる事務服、作業服等)
- 国税庁 所得税基本通達36-15(経済的利益)
- 国税庁 質疑応答事例「背広の支給による経済的利益」
- 国税庁 質疑応答事例「ホステスの衣裳代負担による経済的利益」
- 国税庁タックスアンサー No.5202 役員等に対する経済的利益
- 国税不服審判所 平成27年7月28日裁決(裁決事例集No.100・役員の活動の費用を会社が負担したときの判断の物差し)
- 国税不服審判所 平成26年5月22日裁決(裁決事例集No.95・市販の衣服は業務用と私用を区分できない)
- 国税不服審判所 裁決要旨検索システム
- e-Gov法令検索「国税通則法」68条・70条(重加算税・更正の期間制限)
※本文で裁決番号を添えて引いた4件(平成15年4月24日裁決・関東信越支部 平140096、令和7年3月7日裁決・名古屋支部 令060040、平成25年11月22日裁決・東京支部 平250065、平成17年3月25日裁決・名古屋支部 平160084)は、裁決要旨検索システムに載る要旨によるもので、裁決書の全文は読んでいません。
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