不動産所得の必要経費 — 大家が経費にできるもの・できないもの、修繕費と資本的支出の分かれ目
「この工事代は、今年のぶんとして全部落としていいのか」— アパートやマンションを貸している大家の方が、確定申告の時期にいちばん迷う点です。家賃収入から引けるものの範囲と、迷いやすい修繕費と資本的支出の分かれ目を、条文と通達に沿って整理します。
この記事の要点
- 必要経費になるのは、家賃収入を得るために直接要した費用と、貸付けの業務について生じた費用(所得税法37条1項)。固定資産税・損害保険料・管理委託料・借入金の利子・減価償却費・修繕費が代表例
- 所得税・住民税、借入金の元本の返済、生計を一にする家族への給与や地代、自宅として使う部分の費用は必要経費にならない(所得税法45条1項・56条)
- 修繕費か資本的支出かは工事の名目でなく中身で決まる。元に戻す支出は修繕費、価値や耐久性を高める部分は資本的支出として減価償却。迷う支出は20万円・3年・60万円・10%の順に当てはめる(所得税基本通達37-10〜37-14)
まず結論 — 「貸すために要した費用」は経費、「自分の税金・元本・家族への支払い」は経費にならない
不動産所得の金額は、家賃などの総収入金額から必要経費を引いて計算します(所得税法26条2項)。必要経費に入るのは、総収入金額を得るために直接要した費用と、その年の貸付けの業務について生じた費用です(所得税法37条1項)。大家のおもな支出を、根拠とあわせて一覧にします。
| 支出 | 扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 固定資産税・都市計画税、不動産取得税、登録免許税(取得価額に入れるものを除く) | 貸している物件の分は必要経費 | 所得税基本通達37-5 |
| 火災保険・地震保険の保険料 | 必要経費。数年分をまとめて払ったときは、その年に対応する分だけが原則(支払日から1年以内の分を払った年の経費にする継続した処理は認められる) | 所得税基本通達37-30の2 |
| 管理委託料、入居者募集の広告料・仲介手数料、税理士報酬 | 必要経費 | 所得税法37条1項 |
| 借入金の利子 | 必要経費。元本の返済は費用ではないので経費にならない。ただし、貸付けの業務を始める前に物件を取得していた場合、業務を始める前の期間に対応する利子のうち、借入れの日から物件を使い始める日までの分は、その年の必要経費にせず物件の取得価額に含める(建物に含めた分は減価償却費として何年かに分けて経費になり、土地に含めた分は土地を売るときの取得費になる) | 所得税基本通達37-27(注)・所得税基本通達38-8 |
| 建物・設備の購入代金、買ったときの仲介手数料 | 取得価額として、減価償却費の形で何年かに分けて経費に。土地の分は減価償却の対象にならない | 所得税法施行令126条1項1号・6条 |
| 修繕費 | 元に戻す・維持するための支出はその年の必要経費。価値を高める部分(資本的支出)は減価償却 | 所得税基本通達37-11・所得税法施行令181条 |
| 入居者に払う立退料 | 必要経費。建物や敷地を売るために払うものは譲渡費用になり、必要経費にはならない。物件を買うときに使っていた人へ払う立退料は取得価額になる | 所得税基本通達37-23 |
| 区分マンションの修繕積立金 | 原則は修繕が完了した年の必要経費。管理規約が一定の要件を満たせば支払期日の年の経費にしてよい | 出典欄の国税庁の事例 |
| 所得税・住民税、延滞税・加算税、罰金 | 必要経費にならない | 所得税法45条1項2号〜5号・7号 |
| 生計を一にする家族に払う給与・地代・管理料 | 必要経費にならない。ただし事業的規模なら、青色申告者が届け出た青色事業専従者給与は必要経費になり、白色申告者も専従する家族1人につき配偶者86万円・ほかの親族50万円を上限とする事業専従者控除が必要経費とみなされる | 所得税法56条・57条1項・57条3項 |
| 本人の生活費、自宅として使う部分の費用、国民健康保険料・国民年金保険料 | 家事上の費用として必要経費にならない。保険料は所得控除(社会保険料控除)で引く | 所得税法45条1項1号・74条1項 |
固定資産税は、原則として貸している物件の分が必要経費です。ただし、物件を買うときに売主へ払う固定資産税等の清算金は、買主の固定資産税の納税義務に基づく支払いではなく、購入代価の一部として物件の取得価額に入ります。買った年の必要経費にはならず、減価償却費の分だけが各年の必要経費になります。
借入金の利子のうち、土地を買うために借りた分には別の決まりがあります。不動産所得が赤字になった年は、赤字のうち土地の借入金の利子に相当する部分が生じなかったものとみなされ、給与所得などとの損益通算ができません(租税特別措置法41条の4第1項)。申告の全体の流れと合わせて、家賃収入の確定申告の記事に書いています。
自宅と兼ねて使う部屋や車のような支出は、業務の遂行上必要な部分を明らかに区分できるときに、その部分だけが必要経費になります(所得税法施行令96条1号)。
修繕費と資本的支出 — 名目ではなく、「元に戻す」か「価値を高める」かで分ける
貸している建物や設備に手を入れたとき、その費用がどちらになるかは、「修繕」「改良」といった名目ではなく中身で決まります。元の状態に戻す・維持するための部分が修繕費、使える期間を延ばしたり価値を増したりする部分が資本的支出です。
原則
業務用の建物や設備の修理・改良の費用のうち、通常の維持管理のため、または損壊した箇所の原状を回復するために要したと認められる部分は修繕費として、その年の必要経費になります。
所得税基本通達37-11
ただし
修理・改良その他いずれの名義で支出したかを問わず、その資産の使用可能期間を延長させる部分や価額を増加させる部分に対応する金額は資本的支出として、その年の必要経費に算入しません。
所得税法施行令181条
建物の増築や構築物の拡張・延長は、修繕でも資本的支出でもなく、建物等の取得として扱います。
所得税基本通達37-10注
| 支出の例 | 扱い |
|---|---|
| 壊れた箇所の修理、通常の維持管理のための費用 | 修繕費 |
| 災害で損壊した部分を元の状態に戻す費用(資産損失や雑損控除に入れた分を除く) | 修繕費 |
| 駐車場など使っている土地の水はけをよくするための砂利・砕石の敷設や補充 | 修繕費 |
| 建物に避難階段を取り付けるなど、物理的に付け加えた部分の費用 | 資本的支出 |
| 用途変更のための模様替えなど、改造・改装に直接要した費用 | 資本的支出 |
| 設備の部品を特に品質・性能の高いものに取り替えたときの、通常の取替えに要する額を超える部分 | 資本的支出 |
| 建物の増築 | 建物の取得(減価償却) |
一つの工事に元に戻す部分と性能を上げる部分が混ざっていれば、金額を分けて考えます(所得税法施行令181条)。ご自身の物件で予定している工事は、どちらに近いでしょうか。
迷ったときの判定の順番 — 20万円・3年・60万円・10%の4つの物差し
工事の中身だけでは決めきれないときのために、通達は金額と周期の物差しを用意しています。上から順に当てはめ、どれかに当てはまった段階で扱いが決まります。
修繕費か資本的支出かの判定
20万円未満か、3年以内の周期か
一つの修理・改良の金額が20万円未満、またはおおむね3年以内の周期で行うことが実績から明らかな修理・改良なら、修繕費として申告したものが認められる(所得税基本通達37-12)
明らかに価値を高めるか
避難階段の取付けや用途変更のための改装のように、価値を高め耐久性を増す部分は資本的支出(所得税基本通達37-10)
明らかに元に戻すだけか
通常の維持管理や原状回復と認められる部分は修繕費(所得税基本通達37-11)
60万円未満か、取得価額の10%以下か
どちらか明らかでない金額が60万円未満、またはその資産の前年12月31日の取得価額のおおむね10%以下なら、修繕費として申告したものが認められる(所得税基本通達37-13)
それでも分からないとき
継続して適用することを条件に、その金額の30%と前年末の取得価額の10%の少ない方を修繕費、残りを資本的支出にできる(所得税基本通達37-14)
判定に使う取得価額は前年12月31日時点のもので、過去にその建物に加えた資本的支出も含めた額です(所得税基本通達37-13注2)。
資本的支出になった工事代は、減価償却で何年かに分けて経費にする
資本的支出とされた金額は、その年の必要経費にはならず、元の建物や設備と種類・耐用年数を同じくする減価償却資産を新たに取得したものとして、減価償却費の形で各年の必要経費に入れます(所得税法施行令127条1項)。経費にならないのではなく、経費になる年が何年かに分かれると考えると分かりやすいでしょう。
原則
資本的支出の金額は、元の資産と種類・耐用年数を同じくする減価償却資産を新しく取得したものとして、別に減価償却します。
所得税法施行令127条1項
ただし
平成19年3月31日以前に取得した建物への資本的支出は、その建物の取得価額に加算して償却する方法も選べます。
所得税法施行令127条2項
災害で損壊した物件の復旧費用で、原状回復の部分とそれ以外に分けるのが難しいものは、雑損控除を受ける場合を除き、その30%を原状回復のための修繕費、残りを資本的支出とすることができます。
所得税基本通達37-14の2
年末に大きな工事をして税金を抑えようと考える方もいますが、資本的支出と判定されれば、その年に経費になるのは減価償却費の分だけです。工事の年の税額を抑えたいなら、修繕費になる見込みを工事の前に確かめておきましょう。
まとめ — 「元に戻すか・良くするか」を見て、迷ったら4つの物差しの順に当てはめる
必要経費の範囲は「貸すために要した費用かどうか」、修繕費と資本的支出は「元に戻すか・価値を高めるか」で見て、迷う支出は20万円・3年・60万円・10%の順に当てはめる — この3段で、大家の経費の判断はほとんど片づきます。最後に、よく聞く2つの誤解を挙げておきます。
範囲と線引きが固まれば、あとは決算書に書き込む作業が残るだけです。申告の手順、5棟10室の事業的規模、赤字の年の損益通算は家賃収入の確定申告の記事にまとめています。家賃収入が増えて法人で持つ形も気になり始めた方は、家賃収入の法人化の専門ページで、個人のままとの年間の負担の違いを確かめてみてください。
出典
- 国税庁 タックスアンサー No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)
- 国税庁 タックスアンサー No.1379 修繕費とならないものの判定
- 国税庁 タックスアンサー No.2210 必要経費の知識
- 国税庁 タックスアンサー No.1382 立退料を支払ったとき
- 国税庁 タックスアンサー No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算
- 国税庁 質疑応答事例 賃貸の用に供するマンションの修繕積立金の取扱い
- 国税庁 質疑応答事例 平成19年3月31日以前に取得した減価償却資産に資本的支出をした場合
- 国税庁 所得税基本通達 法第37条(必要経費)関係 修繕費(37-10〜37-14の2)
- 国税庁 所得税基本通達37-27(業務用資産の取得のために要した借入金の利子)
- 国税庁 所得税基本通達38-8(取得費等に算入する借入金の利子等)
- e-Gov法令検索 所得税法26条(不動産所得)・37条(必要経費)・45条(家事関連費等の必要経費不算入等)・56条(事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)・57条(事業に専従する親族がある場合の必要経費の特例等)・74条(社会保険料控除)
- e-Gov法令検索 所得税法施行令6条(減価償却資産の範囲)・96条(家事関連費)・126条(減価償却資産の取得価額)・127条(資本的支出の取得価額の特例)・132条(年の中途で業務の用に供した減価償却資産等の償却費の特例)・181条(資本的支出)
- e-Gov法令検索 租税特別措置法41条の4(不動産所得に係る損益通算の特例)
- e-Gov法令検索 減価償却資産の耐用年数等に関する省令 別表第一(建物の耐用年数)・別表第八(定額法の償却率表)
※本記事は令和8年4月1日現在の法令等によります。
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